会長ごあいさつ


会長プロフィール

藤原龍一郎

 

1952(昭和27)年、福岡県生まれ。19歳の頃に中井英夫『黒衣の短歌史』を読み、作歌を始める。学生時代は早稲田短歌会、早稲田ミステリクラブに在籍。早稲田ミステリクラブで故仙波龍英と知り合う。1972(昭和47)年、「短歌人」入会。編集人を経て現在編集委員。石岡市図書館文化アドバイザー。

 

2017(平成29)年から日本歌人クラブ中央幹事、2020(令和2)年から日本歌人クラブ会長。

 

1990(平成2)年、第33回短歌研究新人賞受賞。歌集に『夢見る頃を過ぎても』、『東京哀傷歌』、『花束で殴る』、『楽園』、『ジャダ』、『202X』など11冊。歌書に『短歌の引力―藤原龍一郎短歌発言集』がある。  



新任のご挨拶           

日本歌人クラブ会長 藤原龍一郎

 

 新型コロナ肺炎の流行による緊急事態宣言発令という異様な事態の中、会員の皆様も困難な日々をお過ごしのことと思います。

 中央幹事会、日本歌人クラブ定期総会ともに例年のとおりには開催できず、書面にての開催、確認、承認という異例の形式での実施になりました。ご協力いただきましたことを、心から御礼申し上げます。 

 中央幹事の任期及び会長の改選の年にあたり、会則に則っての選挙の公示、立候補を経て、別掲のとおり九名の新中央幹事が決定、さらに、互選によりまして、私が会長の任を拝命致しました。重責を担うには若輩であり、また微力ではありますが、日本歌人クラブのさらなる発展のために、力を尽くしたいと思っています。

 二〇一七年に中央幹事の任を受け、すぐに創立七十周年の記念行事に取り組み、まず、全国の五都市での連続シンポジウムを企画、三枝会長、他の中央幹事のみなさまのご協力をいただき、無事に実施、運営することができました。また、それと並行して、春日いづみ中央幹事をチーフとする日本歌人クラブ創立七十周年記念誌の編集に携わり、七十年という歴史の厚さと重さを知ることができました。

 今期の中央幹事は十四人のメンバーのうち、十人が新任という清新な顔ぶれになりました。歴史を今日から明日へつないで行く責任を新たに任命された中央幹事の皆様とともに担い、日本歌人クラブの使命を果たして行く決意です。今後ともよろしくご指導ご鞭撻いただきますよう、お願い致します。

 

令和2年5月24日 藤原龍一郎

 



日本歌人クラブの皆様へのご挨拶

  日本歌人クラブ名誉会長 三枝

 

 新型コロナ肺炎の拡大により今回の定期総会は書面上での開催を余儀なくされました。まず、その異例な判断にご協力下さったことにお礼申し上げます。

 中央幹事会も二月からはメールによる持ち回り会議となりました。中央幹事改選をはじめ、先延ばしできない作業山積みの中でも各担当、特に事務局長はJR五反田駅前という超過密地帯の雑居ビルにある事務所に通いながら、よく職責を果たしました。

 会長としてこのチームに改めて誇りを感じています。

 私は今回の総会をもって日本歌人クラブの役職から離れます。

 中央幹事二期、会長二期、皆さまに支えられながら十二年勤めて参りました。総会で感謝の気持ちを直接お伝えできないことが残念ですが、今後は一会員として歌人クラブを支えますので、お目にかかる折りを楽しみにしております。

 長年私が短歌講座を担当している早稲田大学エクステンションセンターから四月二十七日に、今年は春学期に続き秋学期も中止という連絡が入りました。長期戦を覚悟しなければならない事態のようです。そうした困難の中に浮かんでくる短歌があります。

 

  いかに堪へいかさまにふるひたつべきと試の日は我らにぞこし  佐佐木信綱

 

 このとき信綱を襲ったのは関東大震災でした。心血を注き、印刷を終わった直後の校本万葉集本文二十冊を震災の火災で失い、信綱は脳貧血で倒れました。

 歌人クラブの新しいチームにも今までにない困難が待ち受けているはずです。皆さまのより一層のご協力をお願いして、退任のご挨拶といたします。

 みなさまのご活躍をこころから念じつつ。  

令和2年5月24日 三枝 昻之